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次が、来る。


身体中の神経が、生命の危機を感じて研ぎ澄まされていく。
そして意思とは関係なく僕を包む青いサイオンの炎。
コントロールが効かないので、もう一度雷の直撃を受ければシールドしきれないかもしれない。


僕は立ち上がりながら、後ろ手に壁に触れ何らかの情報の残留思念を読もうと試みた。
だが何もないこの部屋には思念も残されてはなく、見回す限りには出口やスイッチも見当たらない。

その間にも、壁の双槍の火花は鮮やかさと大きさを増していく。目を離すことができない。
じりじりと亀裂のある場所から遠ざかりながら、ふと視界の端に映るものへと視線を更に上げた。

 


あった。


この大部屋は、僕のいる場所から槍の面に向かって緩やかな傾斜がある。
僕のいる壁際よりに、ほぼ両側面の壁を結ぶように細長いスリットと、端に一つずつレバーがあった。

スリットは完全には閉じていない。


彼処まで、雷撃をかわして跳べるだろうか。
電流が放たれる間隔と、次発の直撃をしのげるかがわからない以上、賭けに出るしかない。

 

僕はサイオンを使って垂直に蹴り上がった。

槍からこぼれる火花は、その名の如くまるで光の大輪のようで。
収容所の誰かの記憶の中にあった、プレイランドの花火というものをそれは思い起こさせた。

 


あと少し。
僕はスリットに手を伸ばした。

 


指が縁にかかろうかという瞬間、身体に強い圧がかかった。
そのまま下へと引き戻されそうになる。


「くっ…逆流防止システムか」


下から見えたレバーが非常用のマニュアルスイッチになっていたが、あいにく手が届く距離ではない。
それでも何とか指先を縁に触れさせたが、宇宙空間で痛めた利き手の握力では圧に逆らい身体を引き上げることができなかった。
その間にも雷槍のチャージは進み、重力に逆らえなくなってきた身体が少しずつ下降しはじめる。

 

 

 

「ブルー!」


声と思念に弾かれるようにして顔を上げた。
スリットから、身を乗り出すようにしてハーレイが手を差しのべている。

 

「来るな!」


僕はありったけの声と思念で叫んだ。

 

「早く掴まってください!」


僕はかぶりを振った。

 

「早く!」


逃れようとする僕の手をハーレイが捕まえた。

 

「離せ!」


暴走したサイオンが彼を青い炎で包んでいく。
僕を掴んだ瞬間、彼の身体にも重力がかかり中へと引き込まれた。

 

「離せ!」


苦痛に顔を歪ませながらも、彼は僕を離さない。

 

「ハーレイ!」

 

 

次の瞬間。


雷光が僕たちを包んだ。
そして、視界が消えた。

 

 

 

閃光の中で、自分の愚かさに呆然となった。

 

 


僕が戻らなければ、船に残した仲間はどうなる?


僕を信じて待ってくれている彼らを、信頼を裏切るようなことをするなんて。


ハーレイに軽蔑されても、疎まれても、それでもよかったじゃないか。

 


皆を導き護り、テラを目指す。
それ以上を求めたのは、僕の我が侭。

彼に嫌われたくないと、僕を思ってくれる優しさを、あたたかい手を離したくないと願ってしまった。

 

 

 

視界が、徐々に色彩を取り戻していく。

 


スリットの上に身体が投げ出されていたが、僕は無傷だった。
左手首だけが熱い。


熱に顔を向けると、僕をかばうようにして半身スリットに落ち込んだハーレイが仰向けに倒れていた。
彼は、意識を手放したまま僕の手首を強く握りしめていた。

 

 

「ハーレイ!!」


頭部のドームには亀裂が入り、彼の宇宙服からは人肉が焦げた時の堪えがたい臭いが漂う。

「ハーレイ!ハーレイ!」

急いで身体をスリットから引き上げる。
破れた宇宙服の下の、ぬるりとした生暖かい血の感触が手袋越しにも伝わる。
僕のサイオンが彼を包んでいるので、ドームや宇宙服が駄目になっても呼吸に困らないのは幸いだった。


だが、今制御の効かないこの思念には…僕のおもいが溢れている。
彼をこんな目に合わせてまで、僕が隠そうとした感情。


もうすべてをあきらめて、ただ彼に目覚めて欲しいと願いながら。
まだ僕は、彼の伸ばしてくれた手を、そのぬくもりを失うことに怯えていた。

 

 


「ハーレイ…ごめん」


ぽたぽたと、彼のドームに涙が落ちる。

 


僕は何に祈ればいいのかわからないまま、ハーレイの空いた手を取ると、エラのようにそっと唇を寄せた。

(続く)

 

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