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まだ操縦に不安のあるブラウに舵を任せ、僕とハーレイは宇宙服に身を包んだ。
緊急避難用のそれはハーレイには少し小さく、小柄で痩せた少年の身体をした僕には余る丈だった。

「ブラウ、直接着岸ができない以上ホバリングするしかない」

ハーレイが操縦を説明する。

「最悪、目視で確認できる距離にいてくれればなんとかなると思う。船を頼む」

あいよ、というおどけた口調とは裏腹に、彼女の声には硬さが混じっていた。

 

舵を担うブラウ以外の皆が、狭い昇降口に集まっていた。

「気を付けて」
「よろしく頼む」

口々に手を取り、言葉をかけてくれた。

最後に、普段からおとなしくて殆ど口をきいたことのないエラが、おずおずと前に進みでてきた。
震える手で僕の手を取りひざまずくと、彼女は何かを唱えたあと手袋の上から甲に口づけた。

「無事を…祈っています」

続いてハーレイにも同じことをした。

彼女は、信仰心の厚い養父母に育てられたときく。
僕にはそれがどういうものなのか想像がつかないのだけど、彼女の真摯なおもいが伝わってきて、心があたたかくなった。

 


もともと惑星間の定期連絡船なので、エアーブロックは付いていない。
皆が緊急用ブロックウォールの向こうに消えると、残されたのは静寂と僕たち2人だけだった。


慣れた手付きで、ハーレイが非常用ハッチのロックを外していく。
ゆっくりと音もなく開け放たれたドアの向こうには、明らかに棄てられたと一瞥できる倉庫の残骸が漂っているのが見えた。

だが、あそこには僕らの命を繋ぐ物資が残されている。

 

「怖くはないですか」

ハーレイが言った。

「大丈夫だ」

なるべく感情のこもらない声音で、短く応えた。

「あなたは自分のことだけを気にしてください。私は、宇宙空間に少しは慣れているから」


ドームをかぶっているのでお互い表情は見えないが、彼が言葉通りに僕を案じる思念が伝わってきた。

あんなに自分の気持ちがわからなくて苦しかったのに、今はひどく楽になっている。
こうしていると、自分の立場を忘れて緩みそうになってしまう。
身体に巻けるだけのロープを巻き付けて、僕らはハッチから反動をつけて飛び出した。

 

音もなく遠ざかっていく船。
そして、小さいと感じたポートが眼下に大きく近付いてきた。

一瞬みとれて、距離感を失った。はっと思った時には、もうポートの外壁が目の前に迫っていた。
咄嗟にサイオンを使って弾いたが、弾かれたのは僕の方で、バランスを崩したまま今度は身体が遠ざかっていく。


なんとか力を使おうとしたが、足場のない宇宙空間でうまく方向を変えることができない。
振り返る肩越しに見えるステーションがみるみる小さくなる。

 


「ブルー!」

ハーレイの思念が頭に響くのと同時に、左手首を後ろから折れそうなほどの勢いで掴まれた。

「大丈夫ですか?」

彼は落ち着いた様子で言った。後ろにはピンと張ったロープが見える。

「ありがとう…すまない」

大きく息をついた。
ほんの少しの気の迷いが命とりになることを痛感して、臓腑が冷えた。

収容所ではその日その瞬間を生き抜くことだけで精一杯だったが、これからは別の意味で生きるために気を抜くことはできないのだ。
ましてや、同じミュウでもサイオン能力がほとんどない者もいる状況で、僕がしっかりしなくてはせっかく拾った命を手放す事になりかねない。

 

宇宙空間では一瞬の判断ミスが命取りになります。気を付けて」

そう言うとハーレイは、フックのついた短いロープをポケットから出した。そして僕の腰のリングと自身のリングに引っかけて繋いだ。

「これで私たちは運命共同体です。さあ、行きましょう」

さらりと言って彼は、どんどんロープをたぐり寄せ始めた。慌てて僕も加勢する。

 

 

不思議な気分だった。


ハーレイのサイオンは仲間の中でも弱い方で、その代わりに彼は僕に次いで健康に近い身体能力を持っていた。
今この状況で、自分の中に広がる安堵のおもいに戸惑う。


気を緩めてはならないと自分を律しながらも、何かに包まれるような感覚に呑まれてしまいそうだった。

 

(続く)

 

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