Still I'm With You -2-

 

ミュウの子どもたちは成人検査やESPチェックにより幼少期の記憶の大半を消去されている子がほとんどだが、こうして保父母に抱きしめられた
おぼろげな感覚は彼らの中にまだ残っているのだ。

立場上、すべての子どもたちに毎日抱擁をすることはできないけれど。
ヒルマンは、こうして彼らにひとのぬくもりを伝える。そして、こころを伝える。

君たちは、愛されているのだと。
このシャングリラで望まれた子どもなのだと。
言葉にできないおもいをこめて、そっとその小さな背に手をまわす。

それから一通り子どもたちから愛の誓いを立てられたヒルマンは、結局全員を抱きしめ同じように愛を誓った。
女の子たちは器用に小さなハート形のカードをこしらえており、ヒルマンにもプレゼントしてくれた。

透かし飾りのような編み目の切り込みも入っていて、なかなか手がこんでいる 。

「たくさん作ったから、こんなに余っちゃった」
紙を重ねてくり抜いたのだろう。
見れば、色とりどりの同じハートとその欠片がざっとみても30枚近く、彼女たちの座っている周りを取り囲むようにして散っていた。

「ねえ先生。ブリッジの皆にもあげに行きたい」

子どもたちが関われる大人というのは限られている。
万年人手不足のシャングリラは、一般の成人ミュウは自身の担当セクションをこなすだけで精一杯だった 。
だから子どもたちの相手をしてくれるのは、他の長老たちも居るブリッジのクルーくらいなのだ。

24時間のシフト勤務で常に緊張状態を強いられている彼らだが、おもいがけない小さな来訪者をいつでも歓迎してくれる。
しかし、今は時期が悪い。
養育都市では 新年度を目前にし、成人検査以外にもミュウの疑いのある子どもたちへのESP検査を頻繁に行なっていた。
現在アタラクシアへの救出班は24時間体制で稼動しており、そのバックアップ作業にブリッジクルーは睡眠時間を削って対応している。

それでも子どもたちから感謝の言葉を贈られ、抱擁をねだられたら彼らは破顔して望みを叶えてくれるだろう。
だが、子どもたち全員となれば話は別だ
。時間も体力もつかう。
子どもたちに1人につき1クルーまでと縛りをつけることは容易いが、その純粋なおもいを尊重してやりたかった。

「ねえ、先生ダメ?」
目をつぶりしばらく思案していたヒルマンは、はたと子どもの声に我に返る 。
そして、一歩踏み込んだ教育をすることを心に決めた 。

「今、君たちがかつて暮らしていたアタラクシアでは、たくさんのミュウの子どもたちが生命の危険にさらされているんだ。
だからシャングリラでは、1人でも多くの子どもを助けるために、みんなでがんばっている 。
そのカードに、君たちのおもいを込めて渡そう。何も望んだり願ってはいけないよ。できるかな?」

「渡すだけなの?!」
がっかりした感情を隠しもせずにアイハラが大きな声を出した。
身体は徐々に少年のそれに近付いているのに、彼はけっこうな甘えん坊なのだった。

見返りを求めぬ、無償の愛。
まさか神を信じないこの私が、ヴァレンタイン司教の教えを説くことになるとは!
この行事は信仰心に厚いエラの助言を得るべきだったのかもしれないと、ヒルマンは内心ひとりごちた。

しかし子どもたちは、めいめいカードを手に取り素直に言葉を綴りはじめた。
足りない分も、それぞれで新たに作りはじめる 。
作業に集中して途端に無口になった子どもたちをプレイルームに残し、そっとヒルマンは部屋を後にした。

 


「………というわけなんだウィリアム。大切な時期に少しだけブリッジを騒がせてしまうけれど、カードを渡す間だけ目をつぶってやってくれ」
遅い昼食を体格に見合わないような小さなサンドイッチで簡単にとっていた船長は、ヒルマンの言葉に眉根を寄せた 。

「私なら構わない。ブリッジのクルーも精神的に大分追いつめられてきているから丁度よい気分転換になるだろう。
だが…新しい子どもたちのいのちを守ることも、今いる子どもたちのおもいを守ることも私は同じように大切なことだとおもう」
そう言うと、ハ−レイは袖机から何枚かの便箋の束を取り出した。

「ブリッジクルーを代表して、私からは子どもたちに手紙を贈ろう。大したことは書けないが」
さらさらとアイボリーのやわらかい色合いの紙には筆記体が流れ、その上では羽ペンが踊るように動き続ける。
その姿を、ヒルマンはぼんやりと目で追っていた 。

 

(続く)

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