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僕たちが、アルタミラを後にしてちょうど半年が過ぎた。


あの日から、僕は己を捨て、皆を護り導きテラへたどり着くことを亡き友、亡き惑星に誓った。
今もその気持ちに揺るぎはない。

たった9人だが、仲間もいる。
小型の定期連絡船にあったわずかな食べ物も、医薬品ももう底を尽きかけているけれど。不思議と不安はなかった。

あと2日程で、廃棄された宇宙ステーションに接触できるはずだ。
確証はなかったが、おそらくそこには非常食のたぐいが残されている。

デジャヴ、というのだろうか。

アルタミラを脱出した…ハーレイとシンクロしたあの日から、僕には少しだけ先見の力が芽生えていた。
そして、残留思念を読めるようにもなった。


感じる。
虚空に残された、打ち捨てられた人工物が生み出す時空の振動を。
そして心に宿る失われし魂の声が、僕の身体を震わせる。


さざ波のようなそれは、たまに自我の制御を超えて僕を支配しようともがく。

それを必死に、押さえ込む。
それは、僕ではないから。
それは、護り導くものにはふさわしくないから。

何より…ひとは、誰の代わりにもなることはできないのだから。
己の中に打ち込まれたいのちの楔と共に今日を生きながらも、未だサイオンコントロールの未熟な僕は翻弄されていた。

 

 

 

「ブルー」


呼ばれた声に、心が跳ねる。
今は近寄らないで欲しいと、思念で訴えた。


この狭い船内で、しかも男女がある程度のパーソナルスペースを維持するとなると、おのずと行動範囲も空間も限られてくる。

だから自分の言っていることがどれだけわがままなことかも理解していた。

だが彼は、それ以上は近寄ってこなかった。

「あなたは、昨日も食べていなかった。皆をおもってくれる気持ちはありがたいが、それで倒れたほうがよっぽど心配や負担をかけることを学んだほうがいい」

コトリと、僅かな音がする。
そのまま彼は、隣の小さなバゲージルームへと姿を消した。

3m四方程の狭いその荷物置き場は、大の男5人と僕が眠る寝室だった。
ドアが閉まる油圧の音が完全に消えてから、僕はようやく振り向いた。

僕が立っているのは乗降用のわずかな踊り場で、そこにある小さな窓からは宇宙を眺めることができた。
何も変わらぬ虚空の深海に、あまたの星がきらめく。
変り映えのしない眺めでも、始終同じ面子と顔をつき合わせているよりは、心が休まることもある。
だからここに、個人であまり長い時間居すわるのは暗黙のタブーになっていた。

そこに僕は今、おそらく半日以上は立っている。


空腹を紛らわすためではない。食料を口にしなかったのは、先見が外れた際の保険の意味もあったが、何より彼のそばに近づきたくなかったのだ。

 

あの日。

彼のおもいが、そして失われた魂が僕を通じて触れ合った瞬間に何かが変わってしまった。

今までの僕には想像もつかないような熱さを伴った感情が、時折喉元まで駆け上がってきて叫びそうになる。

我を忘れ、しがみつきたくなる衝動に駆られる。
そして、頬に唇に触れたくなる。目を見つめて、もうどこにも行かないでと言葉をねだろうとするおもいを必死に抑える。

 

それはあのひとの記憶なのか。
僕の中のおもいなのか。

 

楔はすっかり僕の血肉に溶けて、今ではもう境がわからなくなってしまった。

ただ確実なことは、それを決して行動に起こしてはならないということ。
たった9人のミュウの中で、この僕がそんな感情を持ってはならない。

明日死ぬかもしれないこの身で、仲間を護りおもいを果たす以外に何を望むというのか。

 

踊り場に残された、小さな固形食の包みを僕は手に取った。
瞬間、彼の残留思念が僕に流れ込んでくる。

「無理をするな。あなたはもうひとりじゃない」

今、僕の頬をはらはらと落ちる涙は自分のものなのだろうかそれとも。

取りこぼしそうになった中身を、何とか口に押し込んだ。
もともと味のほとんどしないそれは、強くかみ締めて切れた唇で血の味がした。

(続く)

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