●サンプル●

 

「アオノミライ」(小説/抜粋)

 

『さあこれを飲んで』

また頭の中に声が響いた。彼は口を開いていないのに、間違いなくそれは彼の言葉だとシドは直感で理解していた。
言われるままに吸い口を含むと、ゆっくりと温めの水が口を湿らせていく。少年が手を添えて飲むのを手伝ってくれた。

『僕の名前はリオ。君のお世話を担当しています。君の名前も後で教えてください』

うなずいて意思を伝える。シドは時間をかけてその水差しの中身をすべて飲み干した。
リオに向かってありがとうと言ったつもりだった。だが声が出なかった。
急に不安が胸一杯に広がる。ふと辺りに視線を走らせた。
どうやら自分が寝かされていたのは病院の集中治療室で、シドの寝ていたカプセル型のベッドが他にも何台か並んでいる。

父さんはどこにいるんだろう?
僕は…どうしてケガをしたんだろう…?
途端に頭が割れそうに痛んだ。

『ああ…痛い−−−!』

声にならない言葉が口をついた。少年がドクターと呼ぶのが分かった。

「リオ!ブリッジに行ってキャプテンを呼んできてくれ!」

駆けつけてきた医師はあっさりとシドの手を抱えた頭から剥がすと、腕にプスリと注射を射した。
すぐに緩やかにぼやけはじめた視界の中で、シドは必死に視線を廻らせた。
父さん、どこにいるの?父さん―――!
今にも落ちそうな意識の中、扉の向こうから大股で駆け寄る父親の影が映る。
シドは重くて痛む両手を必死に伸ばし、声が出せないのはわかっていてそれでも叫んだ。

『父さん!』

温かい手のひらが頬を両手で包んでくれる。父の手にシドは自分の手を重ねた。
重くなった瞼を閉じると、シドにはもう何も聞こえなくなっていた。

 

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