「Tell me -Blue side-」(SAMPLE)

 

「ねえソルジャーブルー」


ジョミーは、好奇心に目を輝かせては僕にいろいろなことを質問してくる。
ミュウの歴史、この300年にわたる隠遁の歳月についてはヒルマンからも講義をうけているはずだが、彼は身体が空くとこうしてやってきて、同じことを僕に訊ねるのだった。
アタラクシアを後にして、早3ヶ月。小さな子どもたちとはすっかり打ち解けたようで、ふさぎがちだったジョミーにも笑顔が戻ってきていた。
僕は、なるべく彼とは直接話をするようにしたかった。しかし、すでに自分の意思の力だけでは起き上がることすらできないほど身体の自由が利かなくなっていた。彼の思念はとても強くて敏感だ。僕の状態を知ったら、どんなに不安に思うだろう。そして、彼のおもいがこのシャングリラいっぱいに悲しみと一緒に広がる。それだけは、避けたかった。何よりも、ジョミーのために。

まだ駄目だ。
彼が、他のミュウと心を通わせられるようになるまでは。ひとりではないと、同胞がいると、愛してくれるひとたちがいると理解するまでは。それまでは、彼をひとりにすることはできない。

僕は、かろうじて動かせる重い瞼を上げた。
ものすごく近くにジョミーの顔があって驚いたが、その反応すらわずかに睫毛を震わせる程度になった。
翠玉を思わせる深い緑の大きな目が、びっくりしてさらに丸く開いている。
「ブルー、寝ているのかと思った」
『ちゃんと聴いているよ』
と、思念を送る。
「ねえ、たまにはブルーの話を聴かせてよ。あんまり長く話してくれなくてもいいから」
やはり、彼にも僕の状態が悪化しているのが見て取れるのだろうか。ため息すら洩らすことができないほど、固く結ばれたままの自分の唇。皮肉に思って上げたつもりの口角すら、きっと彼の目には微動だにしていないように映っているのだろう。

ジョミーが笑いながら言う。
「ハーレイがね、ブルーに質問するのは一日一個、5分以内。寝ていたら絶対に起こさないこと。そうしないと、青の間に行っちゃ駄目だって言うんだ。なんか、マムみたいだよね?」
ハーレイの機転には頭が下がる。
ジョミーには、まだ悟られたくなかった。僕の時間は、もうほとんど残されていないことを。
しかしそれがどんなにわずかでも、ジョミーのために使いたいと思っていた。僕が君にしてあげられること。今はいつでも、それを考えている。

『僕は、君の話を聴くのが好きなんだよ』
「ねえ、時間なくなっちゃう!
ブルーの初恋の人はどんなひと?
パパとママはやさしかった?
300年前の街並みは?
どれでもいいから」
僕は薄目を開けて彼の目を見返した。
『そうだね…じゃあ、話は明日でいいかい?』
ジョミーは嬉しそうにほほえんだ。
「うん。じゃあ明日楽しみにしているから」
5分経ったよね?と、律儀に辺りを見回すと、ミュウは時計を使わないから・・・
とつぶやきながら手を振り、ジョミーは部屋を後にした。

僕は目を閉じた。
きっと、後でハーレイが来てくれるだろう。それまで、少し休んでおかなくては。

ジョミー、すまない。僕は、君の小さな望みにすら応える術も持ちあわせてはいない。
僕はこころの遮蔽が外れないように、深い眠りに落ちていった。

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