alive

 

「あんたへたくそだね。ムードも何もあったもんじゃないよ」

開口一番そういわれた。
ハーレイとしては何も言い返せない。言いたいのは山々だが、事実だから仕方ない。

「ブルーとは大違いだね…」
追い討ちをかけるような発言、更に盛大なため息。

それが、彼女と初めて交わした会話だった。

アルタミラのミュウ収容所に入ってから、もう半年が経っていた。
ブルーに言わせると、私がきてからは6ヶ月と17日だったらしい。彼がミュウとして覚醒してからの記憶は恐ろしく正確なもので、昼夜もわからないあの閉鎖された空間では、彼がいなかったらおそらく自分の年齢すらわからなくなっていたと思う。

ブラウは、私よりも先に収容所にいた。彼女は、囚人服を着ていてもなお人目を惹く外見の持ち主だった。
左右で彩の違うオッドアイ。無造作に結わかれた、腰まで届く長い髪。そして、顔も骨格もおうとつのはっきりした女性だった。ミュウの外見は当てにならないが、彼女は見た目通りの妙齢だといった。女に歳を聞くなんて野暮なことをするなと口酸っぱくいわれたので、結局正確な年齢は知らずじまいだった。

『それもいいんじゃない。女は秘密が多いほどいい女ってね』
私の漏れた思念に彼女が応える。

「…苦しくないか?」
崩れ落ちてくる落壁の中で、咄嗟に彼女を抱きかかえるようにして座っていた。
だが私の足はもう瓦礫の下に埋まっていたし、エラやゼルは既にこと切れていた。ヒルマンは…最期まで思念波でシャングリラの無事を祈っていた。そして、カナリアと呼ばれた人間の子どもたちの未来を案じながら逝った。
最後まで「先生」だったよあなたは。私は…キャプテンとして生き抜くことができただろうか。シドがいるからシャングリラの舵は心配していないが、自分という存在は果たして役割を全うできただろうかと、ふと思った。

『最期に…あんたのさ、へたくそなサイオンドリームを見せてよ』

ブラウがうっすらと眼を開けた。
『アルタミラで…あんたがブルーの代わりにサイオンドリームを始めた時』
「大声でなじられて恥ずかしい思いをした」
ブラウが口の端で笑った。
『本当はすごく嬉しかったんだ。これで、好きな男の手を堂々と握れるってね』

思わず目を見張った。
「まさか」
『なのにあんたときたら…私のイメージをそのまま口に出して読み上げはじめたじゃないか。まいったよ』

ブルーにやり方を教わり、相手の持つこころの中のイメージを実体験のように感じさせるサイオンドリームをはじめた。
人体実験でボロボロの彼に、皆がそれをねだるのに見かねてのことだった。
だが残念ながら私にはその才能がなく、相手の思念を読み取って声に出しながらでなければ映像を結ぶことができなかった。当然そんな私に頼んでくる者はおらず、結局ブルーの負担を減らすことはできなかった。

そんな私の手をいきなり取って、さぁ頼んだよという目配せと思念を送ってきたのがブラウだった。

「なんというか…すまない」
もう焦点の合わなくなった瞳が、見上げていた。
『自分がミュウだってわかったときから、神様なんて信じてなかったけど』
ずっと片思いだった人の胸の中で逝かせてくれるんだから、やっぱりいるのかもねと。
返す台詞が見つからずに、言葉につまる。
だが、ブラウの体温は急速に下がりはじめていた。もう時間がない。せめて彼女の最後の望みを叶えたい。
私は指先に意識を集中させた。そこから、思念を読み取る。

「これは…シャングリラの…メインデッキ」

昨日まで過ごした、そして遠く懐かしい景色だった。
メインデッキには、まだ若い私とブルーが立っている。私たちは、どこか遠くを見つめていた。
それを優しい目で、ブラウが見ている。
『私は、あんたたちが…己を殺してまでも』
ブラウの思念が流れてくる。
『ソルジャーとして、キャプテンとして生きようとするのが切なくてね』
同じ人間、ミュウなのにさ。

イメージの中の彼女が、二人に向かって声をかける。

「ブルー!ハーレイ!」

声に振り向く、ブルーと私。
私たちはそれから彼女に向かって、とても嬉しそうにほほえんだ。

「ブラウ」
もう握り返す力のほとんどなくなった彼女の手を握りしめた。
『笑って…ほしかったんだ。ただそれだけで…嬉しかったから』
そして、300年間側に居られただけでしあわせだったと。

息が止まる程に、胸が痛む。
この戦いと逃亡に明け暮れた3世紀が、本当にしあわせだったというのか。
あの時ブラウを、エラを逃がしてやることはできなかっただろうか。彼女たちにも、ミュウの未来をみせてやりたかった。
自分の無力さに、思わず涙が滲んだ。

『あんたの涙…すごく久しぶりに見たね…』
「すまない。君にも未来を見せられなくて、本当にすまない」
もうおそらく肉眼では何も映していないであろう、彼女の眼差しが頬の辺りに向いた。

『ねえ…笑って?』
私は、無理矢理口角を上げてみた。だが、上手くいかなかった。
その時、近くに大きな崩れ落ちた壁面が突き刺さった。直撃は免れたものの、衝撃で部屋全体が崩れ落ちる気配がする。

思わず胸の中のブラウをかばうようにして抱きしめた。

「一緒に生きたかった」

こころから、出たおもいだった。
変わっていく地球を、人間を、そして愛しいミュウの仲間たちを。
きみと、ゼルたちと、そしてジョミーと見守りたかった。
最後に彼女が、途切れながら思念をくれた。
『いままで いっしょにいきてくれて ありがとう』
と。
彼女の頬を、涙がつたっていった。

そして腕の中で温もりを失っていく彼女を抱きしめながら、私は最後の時を待つ。
今までは気力で持っていたが、潰された足からの出血も相当な量になっているらしく、意識が朦朧としてきた。

ソルジャーブルー。貴方のおもいを、アルタミラのおもいを、ジョミーがテラに伝えてくれました。
私は…ここで、地球で彼と、長老たちと眠りにつく。

ブルー。私たちのおもいだけは…未来へと届くだろうか。


意識が途切れる刹那に、彼の声が聴こえた気がした。

(終)

ブラウザをバックしてお戻り下さい。